コラム

見出し 被写体はナマモノ
更新時間 2005/04/13 名前 よねやん
本文  前回「写真はナマモノ」という話をしたが、今回は更に進んで「被写体はナマモノ」という話である。

 10日(日)の昼間、千鳥ヶ淵の桜は最高だった。時期を逃すまいと、翌日の11日(月)、仕事が終わってから夜桜を撮りに行くことにした。千鳥ヶ淵の夜桜は見事にライトアップされ、名所の一つとなっている。酔っぱらいの人たちがウジャウジャいるだろうと思いつつ、東西線九段下から地上に出ると

「シーン」

誰もいない。聞くとライトアップは前夜で終わったとのこと。さすがはお役所、決められた期間が過ぎると、開花状況に関係なくライトアップを終了するようである。「まだ桜がきれいだから」などという一般常識は通用しないらしい。

 「夜の水面に浮かぶ桜の花びら」とイメージしていた写真は撮ることができなかった。事前調査が足りなかったと言えばそれまでだが、片手間なので仕方ないというところか・・・

 今日12日(火)、めげずに仕事の前に千鳥ヶ淵に立ち寄った。あいにくの雨模様だったが、それなりに変わった桜の写真が撮れるのを期待したからである。しかし、寒さのため、桜の花は半分くらい散り、水面の花びらは雨で沈んで無くなっている。それでも多くのカメラマンが桜を狙っている。

「いい写真撮れるはずないよなぁ」

と横目で見ながら、せっかく来たので数回シャッターを押し、仕事に向かう。
これで、今年の桜の撮影は終了したわけだが、個人的には2つの点で悔やまれる。

先ず1つめ

・夜桜のイメージが先行して、10日(日)の満開の桜に時間をかけなかったこと

よく通りがかりに、「あれっ?」と思う場面に出くわすことがある。そういう時は迷わずシャッターを切ることをお勧めする。「後で撮れる」とか「もっといい場所がある」などとは思わないことである。よくカメラマンが口にすることばである。とにかく目の前にある被写体に対してベストを尽くすのである。

もう一つ
・駄目だと思っても粘ること

実は雨の桜の写真を見て後悔しているところである。下の写真、駄目と思いつつ撮ったものである。



これをパソコンで拡大したところ、このようになる。



肉眼では分からなかったが、雨だれの波紋が同心円状にハーモニーを描いている。この部分を望遠レンズで狙っていたら、きっと神秘的な写真が撮れていたはずである。ようするに「今日は駄目だ」という先入観があったために、撮影に粘りが足りなかったのである。

時として同じ状態はありえない。被写体はナマモノなのだ。とにかく目の前にある被写体に対して、ベストを尽くして粘って撮ることだ。たとえ無駄になっても、何回かに一度は「撮っていて良かった」ということがあるはずである。その積み重ねが良い作品を生むのである。

 今日、通りがかりの駐車場で下の場面に出くわした。車に降り積もった桜の花びら、これは小雨という微妙な天気ゆえに車に貼りついている。もっと雨あしが強くなれば流されるであろう。風が強いと飛ばされるだろう。あと30分すれば所有者が振り払うかも知れない。これぞ「一期一会」とも言えそうで、絶対に通り過ぎてはならない一瞬である。