コラム

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更新時間 2006/03/26 名前 よねやん
本文 ◇トリノのオリンピックが終わった。2月10日に本大会が始まり、3月19日のパラリンピックの閉幕までメダルの数は別にして大きな感動を与えてくれた。フィギュアスケートの荒川静香選手の金メダルは別格である。王道ともいえる種目での金メダルは誰もが認めるところで、閉会式で荒川選手に贈られた溢れんばかりの拍手がそれを物語っている。またパラリンピックのバイアスロン(視覚障害クラス)で優勝した小林深雪選手の金メダルも意味が大きい。ゴールのあとに係員の制止を振り切り「私の友達なのよ!」と叫んでライバルに抱きつく姿には個人的にウルウルきてしまった。今回は盛り上がらないと言われていたが、終わってみれば印象に残るのがオリンピックなのである。

◇さて、今回はオリンピックになどにつきもののIDカードの話をしよう。IDカードといってもクレジットカードや電子キーではない。国際大会で選手や関係者、マスコミが首からぶら下げている身分証明のカードである。テロ警戒がきびしい現在、これを持っていないと競技会場へ入ることは不可能といってよい。国賓でもない限り、IDカードを見せて金属探知機をくぐりやっと会場入りできるのだ。


トリノ五輪のIDカード、これが無いと何もできない

◇またIDカードは子供に人気のポケモンカードみたいにいろいろな強さがあり分類がある。プレスでE分類というのはペン記者の持つカードで記者席と選手に取材する場所(ミックスゾーン)しか行けない。EP分類はカメラマンの持つカードでフォトポジションへ行って写真を撮ることができる。Et分類は技術者のカードでこれもフォトポジションなど大体の場所へ行けるが写真を撮ることができない。あとオマケみたいなEc分類というのがあって、競技会場へ入れずその横に併設したプレスセンターにしか入れないカードもある。取材ができないのであるが大きな国際大会ではデスクが取材の段取りを考えたりするために現地入りすることが多く、Ec分類も必要なカードなのである。  この分類は大きな大会になるほど厳格になり、たとえばカメラマンの分類以外の人が写真を撮ったりすると注意されたり、大きなトラブルになるとIDカードの取り上げなどもありうる。どうも1998年の長野冬季五輪の時にいろいろな分類のIDカードでルールを破って撮影をした人が多く、それ以来、特にこの分類はきびしくなったと聞く。

◇じゃあ、撮影をしたい人は全員EP分類のカードを取れば良いと誰もが思うであろうが簡単な話ではない。大きな大会だと誰もが取材をしたいのでカードの枚数に制限があり「日本はカメラマンが全体で何枚」などと運営側から一方的に決めつけられるのである。これは過去の取材実績や開催国であるかなどが加味されて決められるそうである。日本の場合は圧倒的に取材をしたい人の方が多いので慢性的に不足している。日本の中でのIDカードの争奪戦はすさまじい。以前にある会社で偶然にカードが1枚余り、それをフリーのカメラマンが高額で買ったというウワサ話も聞いたことがある。その場合は売った会社の特派員として取材する形になるらしい。

◇そうやって獲得したIDカードをぶら下げて取材する人の気持ちはどうであろうか。第三者から見るとおそらく選ばれた人でカッコ良く映るのではないだろうか。それが大違い、ぶら下げた瞬間から呪縛(じゅばく)に苦しみながら、仕事での失敗を恐れ重苦しい毎日が始まるのである。五輪の代表選手が勝手に日本を背負ってしまい萎縮して結果を出せないのと同じである。IDカードは大事なものなので寝ている時以外はずっと首からさげるのが普通である。もし紛失したら再発行までに1?2日かかるのでその期間は取材ができなくなる。それをつけて競技会場という決められた場所をウロウロし、1日何度も身体検査をされるので、IDカードは監獄の中の囚人に付けられた識別タグのように誰もが思えてくる。

◇そのような囚人たちの一番うれしい時は閉会式が終わって最後の原稿や写真を会社に送り込んだ瞬間だ。ようやく「お勤めごくろうさん」で監獄から出られるのだ。終わった瞬間プレスセンターのゴミ箱へIDカードを投げ捨てて夜の街に消えた人もいた。「会社で用意した安い宿はイヤなので今夜だけは最高のホテルに泊まってやる」と言って自腹で高級ホテルに泊まった人もいる。

◇要するにどの業態でも同じだと思うが、周りから見ているものと実態は大違いで、世の中そんなにオイシイ仕事は無いということである。