コラム

見出し 作品の勢い
更新時間 2006/11/25 名前 よねやん
本文 ◇この作品を見て欲しい。


閑散な会場で砂遊びをする子供ら

◇これは筆者が30年ほど前の中学生のころに撮った作品である。このころフィルムと言えばモノクロのネオパンSS(ISO100)がお決まりで、カラーフィルムは特別大事な晴れにしか使用しなかったものだ。カメラは父親から写真の勉強のためにピントや露出がすべてマニュアルの水中カメラであるニコノスを渡され、カメラの設定を気にしながら一生懸命撮ったものだ。よく考えると撮った後にすべてのコマの露出を覚えていたので昔は記憶力が良かったのだとつくづく思う。筆者は小学校5年生の時に暗室作業を覚え、フィルム現像から焼付けまですべてできたので中学生にもなるとそこそこの作品が撮れるようになっていた。そのころの作品がこれなのである。

◇この作品は神戸市が主催する「神戸まつり」での一コマである。神戸まつりとは神戸のメイン通りをサンバチームなどがパレードする盛大な祭りである。浅草のサンバカーニバルなんかよりずっと歴史があるのである。

◇作品はサブ会場でフォークソングを披露する若者がいるのだが、お客が入らなくて演奏などお構いなしに子供が砂遊びをする風景である。手前に遊ぶ子供を配して奥に説明程度に演奏風景を入れているので、つまらない演奏が聞こえてきそうである。手前味噌だがとても中学生の撮った作品には見えない。ただ、1つの問題点を残して、、

◇何を思ったのか筆者はこの作品を神戸まつりの写真コンテストに応募してしまったのである。自分では良い作品だと思って出したのだが、当然「神戸まつりを盛り上げよう!」という趣旨で主催者は写真コンテストを行なうわけなのでこの作品は間違いなく落選である。たぶん審査員はこの作品を見て「なに考えて出しているんだ!」と半分あきれていたはずである。ただ中学生にとっては大人の考える意図が分からず面白い作品を出しただけなのだ。

◇写真コンテストの審査を行なうと審査員にうまく主張する作品が少なからずある。「常連」と言われる限りなくプロに近い写真愛好家の作品である。確かに主催者の思惑や過去の入選傾向などを研究していて優れた作品ばかりだ。実際にその作品が上位を占めるわけであるが最近はそれで良いのか疑問に思うことがある。入選作品はまとまっているのだが勢いが今ひとつ無いのである。主催者の望む作品を依頼されて撮っているようなものだから当たり前だ。

◇作品の勢いと言えば自分の作品だってそうだ。今はある程度基本になる撮り方をするので作品としてはハズレが少ないが、荒削りで勢いのある作品が撮れないのだ。小中学校の時のネガを出してきて眺めているとつくづくそう思う。何をどのように撮るか全然分からないけれど「面白い」と思ったらとにかく撮っていたころが懐かしい。

◇もし読者が写真の初心者であったとしたら何も悲観することは無い。自分が思うがままにシャッターを押せば良いのである。基本にとらわれず勢いのある作品を作れるのは最初のうちだけだ。そして自分の良いと思った作品をコンクールに応募して欲しい。多分、審査員に主張することができずに落選するだろうが、落選する作品が悪い作品とは限らないのだ。