コラム

見出し 作品はプリントしてこそ完成形
更新時間 2007/08/24 名前 よねやん
本文 ◇8月の20日から22日までの3日間、日本大学の芸術学部写真学科でモノクロ暗室教室を行った。1日コースを計3回、のべ60名以上の暗室初心者がモノクロのフィルム現像から4ツ切りへの焼き付けまでを行い、予想以上の反響があった。日芸教授ら5名が中心になって指導し、それに読売側スタッフが5名ほど手伝うかたちで、約2名の受講生に1人の先生という豪華な内容だ。日芸写真学科といえば写真界でも多くの写真家を送り出したことでも有名で、その教授と言えば雲の上の人たちだ。理論など勉強したこともなく脊髄反射でシャッターを押している報道カメラマンとは一線を画する存在だ。そこの先生が若者の育成のために動いてくれたのだからただ感謝、感謝である。受講生は小学生から30歳くらいまで幅広く、中でも小学校3年生くらいが圧倒的に多かった。やはり5?6年生になると中学受験で忙しいのか少ない。

◇午前中はフィルム現像を行うのだが、メインイベントはなんと言っても現像を終えてフィルムの仕上がりを確認する瞬間だ。「ウァー」という声が暗室をこだまする。筆者もフィルムを使わなくなって8年ほど経ち、デジカメでは忘れさられた感覚だ。小学生の時、遠足のフィルムを自分で現像して感激したことを思い出す。受講生の大半はデジカメ世代で、この感覚は特に新鮮な筈だ。

◇午後はひたすらプリント、これまた現像液の中で浮かび上がる画像に「ウァー」がこだまする。大きく四ツ切りサイズにプリントするのはほとんどの人が初体験とのこと。午後の講習は1時ころから5時までぶっ続けで行われた。それも暗室なので立ちっぱなしだ。終了間際までみんなひたすら焼き続け、多くの受講者は時間が足りないと言ったくらいだ。高校生以下といえば学校ではせいぜい一コマが50分くらいの授業なのだが、その子たちが4時間も休憩無しで物事に集中する。教育には興味のない筆者であるが、今の学校教育に必要なヒントがココにあると確信した。

◇最後は、自分の気に入った作品を全員の前で展示して、日大の先生の講評を聞くというもので、これも受講者にとっては殆どが初めての体験で新鮮だったようだ。携帯電話やパソコンの普及で自分の作品を見せるという機会は増えている筈だが、大きくプリントして一堂にならべるということは普通あり得ない。やはり作品はプリントしてこそ完成形、液晶画面でチマチマ観ていてはダメなのである。

「マーフィーの法則」という本が一時期売れ、その中に

「文章の間違いはプリンタから出てきた瞬間に発見される」

というようなことが書かれていたのを思い出す。何度も何度も液晶画面で文章の校閲を行い、最終的に印刷を行うとなぜかミスが見つかるというものだ。雑誌や新聞業界でも最終校閲は必ず紙に印刷してそれを校閲する。やはり液晶画面とプリントしたものでは人間の脳に響くものが異なるのであろう。そんな意味で作品の最終形はプリントなのだ。

◇写真コンクールを主催していると必ず「メールでの応募は可能でしょうか?」との問い合わせが年間何件かある。ハッキリ申し上げるとそのような意識では入選することは困難であるし、メール応募を考える人に上級者はいないだろう。不思議なのだがデジカメ時代になっても最終製品は安定している銀塩プリントしか選択肢がないのだ。


小学校低学年が時間を忘れて焼付けに熱中する姿にカンゲキ


熱心に現像を行なう受講者ら