コラム

見出し 作品を世に送り出す
更新時間 2009/01/26 名前 よねやん
本文 ◇不本意ながら携帯電話をNTTドコモのFOMAに変えた。「通話ができれば十分!」というポリシーの基、10年近くPHS携帯を使ってきたが、競争相手がいないため最近ではPHSの方が割高になり、バカらしいので変えたというわけだ。新しい携帯はメールはもちろん、高速データ通信ができるので、iモードやパソコン接続などでもサクサク動き快適だ。電子マネー機能がついていて、新幹線の予約を画面で行い、そのまま指定席特急券代わりに改札でタッチして乗れるので非常に重宝している。

◇カメラ機能は500万画素のものがオマケでついているが、作品を撮るという観点からすると使いものにならない。ただし、デジカメで撮影した画像の入ったメモリカードを携帯に差し込めば、画像電送できるのでこれは便利だ。いつどこで事件事故に出くわしても会社の画像サーバに電送できるというわけだ。

◇報道写真は特に賞味期限が短く、すぐに送ることが重要だ。そのためにカメラを常時持ち歩くことは当たり前だ。よみうり写真大賞には「報道部門」というのがあり、広く事件事故の写真を読者から応募してもらい、貴重な場面を新聞掲載するシステムだ。応募規定に「事件事故の写真を撮ったらまずご一報」という文言があるが、この感覚が読者によって大きな違いがある。

◇昨年は異常気象でカミナリが各地で多発した。大体夕方から夜にかけての発生が多く、マスコミ的感覚からいうと朝刊に掲載すべき出来事なのであるが、読者からの「凄いカミナリ撮れました」という一報が次の日になることが多い。ひどいのになると現像してプリントして持ち込んで来ることもある。これじゃ駄目で、とびきりの報道写真がただの風景写真になってしまう。報道は速報性が命、1日過ぎれば全く意味をなさなくなるのだ。

◇例えば、プロ野球の試合があり、その結果が全国に配られる新聞に掲載されている。当たり前のようだが掲載の締め切りに間に合うように日々試行錯誤を来り返している。今では撮影して新聞を刷り出すまでに10分もあれば可能だ。せっかくのシーンを撮っても掲載されなければ意味がないのでとにかく時間にはシビアなのだ。記事だって同じだ。締め切りギリギリまで結果が分からない場合は、勝った場合と負けた場合の予定原稿をあらかじめ書いておき、決まった瞬間に書き足して入稿することだってある。

◇写真コンクールに出す作品も、時間感覚は異なるが、変わった写真を撮った場合はなるべく早く世に送り出すことが大事だ。例えば1年以上前、東京ミッドタウンの裏手の芝生広場にある変わったオブジェを撮った作品が入賞したことがある。フォトコンでも最初は頻繁に入賞していたが、最近では審査員が見飽きた感があり、応募しても選ばれなくなってしまった。報道とはタイムフレームが異なるが、やはり変わった作品は世に早く出した人が有利と言える。

◇「見慣れない無いシーンを素早く作品にして見せる」、これは写真の一つの基本と言えよう。そのためにある写真家は撮り尽くされた日本を離れ海外を撮る。別の写真家は職人技を磨き、スポーツの一瞬を収める。日頃我々が生活している視線でありふれた作品を撮っていては、必然と評価が低くなってしまうのだ。


芝生広場の変わったオブジェ。東京YPC会員の本多氏撮影


新幹線のホームの下では自転車に乗って行き来する関係者が。誰も知らない光景だ。