コラム

見出し 画像処理
更新時間 2009/07/26 名前 よねやん
本文 「画像処理はどの程度までやってもOKですか?」「トリミングや明るさを変えたものは?」などという質問を頻繁にされる。いろいろな考え方があるが、新聞社の場合は「ある物を消したり、無い物を入れたりするのはNG」「トリミングや濃度調整などラボに依頼できる程度はOK」というのが基本的な姿勢だ。事実と異なる画像処理はダメなのだ。

◇よく風景写真で電線や人が目障りになることがある。画像処理ソフトを使えば簡単に消すことができ、パソコン使いであれば誰もがその衝動にかられることがある。しかし、報道カメラマンがそれを行い、それが発覚すると殆ど将来は無いことになる。職を奪われるか、良くても写真とは関係ない部署に左遷されて終わりだ。出来心で済む話ではないのだ。以前、某新聞社で月にコウノトリの見事な写真が一面を飾り、後で合成が発覚したことがあった。そのカメラマンは無期限で現場から外され、その後どうなったのかは知らない。

◇最近、コンテストで合成に関するトラブルの話を耳にした。全国レベルの審査で上位入賞を果たしたのだが、ネガを提出できないという。よく聞くと、ポジフィルムで2カットのお異なる場面を収め、2枚重ねでマウントに入れてラボでプリントしたとのことであった。その作品を見せてもらうと別に違和感はなかったのだが、言われてみるとナルホドという感じ仕上がりだ。本人は悪びれた様子も無く、地元の写真家の指導の下、同様の作品作りを行っているとのこと。その先生は表現の一つとして認めているらしい。これはパソコンによるものでは無いが、結果として立派な合成に当たる。

◇確かに地元写真クラブレベルで見せ合うには問題ないが、全国レベルでのコンテストでは議論の余地が無い。仮に合成を容認する人がいても、全員を納得させることができないのだ。極端な話、画像処理を何でも容認するとすれば、写真など撮りに出かけなくとも作品を量産できることになる。「秘密の小部屋のカメラマン」では撮る楽しみも何もないのだ。

◇ここまで画像処理の悪玉論を述べてきたが、撮ってからの後処理というのが実は重要だ。要するに許される範囲での処理が必須で、これを行わずプリント出力するだけでは、せっかくの作品が台無しなのだ。

◇今のカメラマンは撮る技術が6割、撮影後の画像処理が4割というところだ。昔の銀塩カメラマンは撮って未現像のフィルムを渡してハイ終わりという人もいたが、今は画像処理で整えて完全データに出来ないと次の仕事が回ってこない。コンテストも仕事の写真も同じで許される範囲で完璧な画像処理が要求されるのだ。もしパソコンが苦手だというならば、少々高くつくがプロラボに頼んでプリントしてもらうしかない。

◇画像処理は、やりすぎると作者の人格を疑われ、まったくやらないと作品として成り立たない。全くパソコンが使えない人は頑張って覚えるか、プロラボに委ねるか現在はその選択肢しか無いと思う。撮るだけで評価される時代は終わりつつある。

千葉YPCのモデル撮影会の帰りに銚子の「地球の丸く見える丘展望館」に立ち寄る
5枚の写真を画像処理でつなぐと大パノラマ写真になる
このような合成であれば問題ないが、写真説明でことわる必要はある



電線を毛嫌いする人を「電線マン」という。
このようなカットは電線があるからこそ風情があるとおもうのだが