コラム

見出し 災害報道
更新時間 2011/03/31 名前 よねやん
本文 ◇この度の東日本巨大地震に際して被災された皆様に、心よりお見舞いもうし上げます。

◇発生の3月11日から新聞社は総力をあげての臨戦態勢。写真を扱う写真部員もこれまで経験したことの無いほどの忙しさだ。若手のカメラマンたちは現場に入り、デスクと呼ばれる年配のカメラマンたちは本社でひたすら、新聞制作のために奔走することになる。新聞社のカメラマンはこのような場面のため災害時の取材訓練を積んでいるので、発生直後から黙々と与えられたミッションを遂行する。大震災が発生すると休みでも会社に連絡するなんてことはしない。無事であれば即座に出社することが当たり前だからだ。

◇初動はとにかくヘリコプターなどで空撮を行う。そのためにカメラマンが年中、当番で羽田格納庫に常駐している。陸路では発電機などを積んだ特殊装備の車が何台かあって、状況によってそれに乗ってゆく。そして誰よりも早く現地入りして、被災の状況を新聞を通じて報道することが使命なのだ。

◇撮影した画像は、即座にパソコンを使って東京本社のサーバに送信され、紙面にレイアウトされる。今回は広範囲にわたる津波による被害で、一般の携帯電話がほとんど使えなかった。しかし報道カメラマンの場合は、災害対応として衛星携帯電話や特殊な携帯電話、公衆電話が使えれば有線回線など、可能性のある通信回線を使って画像を送信するので、滅多なことで送れない事態には陥らない。逆に考えると、いくら素晴らしい写真を撮ったとしても送信手段が無いと、撮る行為自体が意味を成さなくなるので、まず通信回線の確保というのが重要になってくる。

◇このように大混乱しているときは、とにかく「自分で判断して、自分だけで取材を完結する」という能力が問われる。現場のカメラマンは「危険そうだけれど、取材に行っていいですか?」なんて東京のデスクにお伺いをたてることは少ない。また先の話で「回線の確保ができません。どうしたら良いでしょう?」なんて誰かに相談していては失格だ。全ては現場で判断し、現場で解決する能力が問われるのだ。福島第一原発の取材であれば、当然30キロ以内は入って取材してはいけないし、それを破って取材するようなカメラマンは最初から現場に出してはもらえない。安全に取材を行い、自分の手で何事もなく、優れた写真を東京のサーバにアップする、これが重要になるのだ。

◇初動で現地入りしたカメラマンは、飲まず食わず殆ど睡眠もとらずに約1週間から10日間、過酷な取材活動を行う。そのうち宿泊場所が確保でき、会社からの物資の補給が整うので小休止ということになる。経験から言うと、3?4時間の睡眠で10日間くらい働くのが人間の限界のように思える。今話題の戦争カメラマンが戦場に入ってミッションを行うのも、大体2週間が限度という話を聞いたことがある。人間のテンションが続く期間というのは似たり寄ったりなのだろう。

◇発生からもうすぐ3週間、被害が大きく、原発問題も片付かないことから、いっこうに落ち着きが見られない感じもあるが、2ヶ月、半年と経つうちに復興への確かな足取りも確認できることであろう。おそらく20年は続くであろう復興への道のりを考えると、今はやっと始まったばかりだ。震災後に治安が乱れず、黙々と対処する日本人を海外では驚きの目で見ているようだが、これこそ「国家の品格」であり、日本人が持っている潜在能力のように思える。戦後の復興のように、被災地が奇跡的な復興を遂げることを個人的に信じてやまない。


あまり報じられていないが、東京湾では液状化現象が深刻だ(浦安で)


東京湾岸のマンション建設はストップした状態とのこと
豊洲あたりの高層マンションが最近の流行だったが、
今後下落は避けられそうにないとのこと



ちょっとした交通機関の乱れで、車が大渋滞、


被災した読売写真大賞事務局の入るビル