コラム

見出し プロフェッショナルの流儀
更新時間 2011/09/26 名前 よねやん
本文 「写真家・管洋志と行く世界遺産・ルアンパバーンとハノイ7日間」という撮影ツアーに参加した。審査やモロモロで忙しいのだが、奇跡的にスケジュールが合い、撮影ざんまいの旅に同行することができたのだ。もちろん仕事ではないので自費なのだが。ともあれ目標もなく行くのはバカらしいので、出発前に自分に3つの課題を課すことにした。

課題1)管洋志先生のプロフェッショナルの流儀を学ぶこと

1)はとても勉強になった。カメラマンは個人商店のようなもので、意外と他人の流儀を目にすることは少ない。特にフリーの写真家は一人で行動するので、それに同行できるのはとても参考になる。自分に足りないことがわかり、今後の方向性が見えてくるものだ。例えば、とても良い光線具合で子供たちが水遊びをしている状況があった。撮りたい気持ちを抑え、いきなりカメラを向けず、適度な距離感を保ちながら、警戒を解いてゆく。子供たちの表情が良くなったところでさりげなく2?3枚シャッターを切るというパターンだ。
◇あと、シャッターの無駄コマが極端に少ないのも驚きだった。とにかく後悔しないように多めに収めるのが報道系の流儀なのだが、管先生の場合は、「ここだ!」という場面を丹念に見つけ、そこで2?3枚確実にシャッターを押すというスタイルだ。コンタクトプリントを作ればそのまま編集者に納品できるという感じだ。写真家の場合、昔から自費でフィルムを買い、そのベタ焼きを編集者に納品していたのでデジタルでも同じスタイルなのだろう。報道カメラマンの場合は良い1コマのためなら、会社のフィルムを何本使っても良いという情けないスタイルなのでコスト意識は薄い。その癖でおそらく筆者は管先生の4?5倍は撮っているに違いない。デジカメ時代になった現在はどちらが良いかは判断が難しいが、無駄コマは少ない方が良いに決まっている。

課題2)仕事と思って手を抜かないこと

◇報道カメラマンは、仕事以外でテンションを保って撮影するのが難しいものなのだ。要するにサラリーマンに与えられた仕事が写真という関係なので、人によっては会社を出るとまったく撮影しない人もいる。自分のカメラすら持っていない場合もある。筆者は小学校の頃から「カメラ小僧」で、趣味の延長に仕事があり、いつでも写真を撮りたいほうなので、今回のような仕事を課せられない撮影旅行でも比較的テンションを保ちやすい。それでも疲れてくると、走って被写体を追いかけるところを諦めたり、必ず1日の撮影後に行うデータのバックアップをやめてしまたり、仕事だと当然やるところを「プライベートだから」といってパスしてしまう傾向にある。

課題3)動画を撮り、1枚のDVDに仕上げること

◇映像表現の勉強を行うには最良の場であると考え、一連の行程を動画で収め、それを編集して参加者に配ることにした。作成したからといって、1銭にもならないのだが、撮影から納品まですべて自分で行うことで、学べることは多いと思った。実際に撮って家で素材を見ると反省ばかりなのだが、反面、自分に足りないものがよく分かった。デジカメで写真を撮る合間に動画も撮るので忙しかったが、「1人のカメラマンが動画と静止画を撮る」というのが今後の理想のカメラマン像だと思われるので、自分でもそれを課して、感覚をつかむことにした。最初は混乱したが、そのうち動画と静止画を撮るタイミングをうまく振り分けることができ良い経験になった。

◇ともあれ、一人の怪我もなく、全員が無事帰国することができ大成功に終わったわけだが、初心者にはちょっと難しい旅だったと思う。管先生が機転を利かせて次から次へと面白い場面に出会うわけだが、その変化について行くのにかなりのスキルが必要なのだ。例えば、明け方に僧侶の托鉢風景を撮る場面があった。ISO6400でF2.8,1/125秒という露出なのだが、それを歩いている僧侶にピントを合わせ、ぶれないように撮るには初心者には不可能だ。ニコンD3のような高感度のデジカメと明るいレンズが必要になるので、F5.6位の高倍率ズームを使っている時点でアウトだ。もの凄くおいしい場面で、撮っているとアドレナリンが出まくりなのだが、実際に画像を後で確認すると、思ったとおりには撮影できていない参加者が多かったに違いない。反面、昼間で状況が完璧に整い、「その場で押すだけで秀作が量産体勢」という時もあった。後日に各自が撮影した作品をお互いに見られる機会があるようなので、どのような出来ばえかちょっと楽しみでもある。


今年の中秋の名月は最高にきれいだった。羽田のB滑走路から離陸する旅客機を入れてみた


僧侶の着物のオレンジが印象的で、シンプルな背景に気を使った


ベトナムの小学校で