コラム

見出し 写真芸術
更新時間 2012/03/27 名前 よねやん
本文 ◇今年も受験シーズンが終わった。週刊誌では今週号で有名大学の高校別合格者数が掲載されている。東京の開成高校はなんと200人以上が東大に合格し、卒業生の2人に1人は東大生ということだ。これだけ凄いと東大またはそれと同等の大学(国公立医学部など)に行けなかった人は、同窓会に行く気はしないだろう。進学校に行くのも良し悪しだ。

◇東大とは方向性が異なるが、超難関大学に東京芸術大学というのがある。国立の芸術大学はここしかないので、ある意味東大に行くより難しいと言える。周りでも受験して落ちた人は沢山いるが、通った人の話は殆ど聞いたことが無い。東大の合格者数は約5000人、東京芸大のそれは500人しかいないので当たり前だ。有名な日本画家の松井冬子さんは4浪だが、それくらいの浪人は珍しくないようだ。  その東京芸大には写真学科が無い。あれば日本における写真のステータスも上がったとおもう。旧制の東京美術学校と東京音楽学校が統合されて東京芸大になる時に、写真学科も作る話があったそうだが、「写真なんてものは芸術ではない!」と言った人がいて、そっくり千葉大へ丸投げしたそうだ。そういう理由から千葉大には画像科学科、情報画像学科が今でもある。

◇ということで、写真を存分に勉強できる国立大は無くなり、写真をやるなら私立大である日大芸術学部か東京工芸大ということになってしまった。国立大だと年間の学費は50万円位で済むが、私立大だと200万円近くかかるので、よほどの決意と経済的余裕が無い限り写真は勉強できないことになる。また写真で大金持ちや社会的に地位の高い人になれる可能性があるのなら、親もお金をかけて大学に行かせるが、画家や音楽家のような輝かしい将来もえがけない。卒業して誰かのアシスタントになる位なら、きっちり実技を習得できる専門学校に通い、それから弟子入りしたほうがずっと実力がつくはずだ。専門学校なら学費はせいぜい60万円ほどで、写真の実技に特化して勉強できる。

◇写真の悲劇は1840年頃タルボットがカロタイプの写真を発明したことまでさかのぼる。カロタイプで写真の複製が何枚でもできるようになると、写真は工業製品のように同じものが大量に出回るようになり、「写真1枚の希少性」が無くなってしまったのだ。有名な写真家の作品であったとしても、何枚も同じものが作れると思った時点で芸術品としての価値はなくなる。また機材の進化がそれを後押しする。誰でも押せば一瞬で収められる時代の作品に誰が価値を見出すであろうか。

◇つまり写真を撮る側は、写真の芸術性を主張しているが、観る側、買う側はそう思わないのであるから、そのギャップは埋まらない。何百万円、何千万円という高額で売れる写真もあるようだが特殊な例だ。やはり写真の強みは「記録性」であろう。現実に、結婚式の写真を依頼するのに10万円位払う人はいくらでもいるし、今回の震災で日本中の人が家族の記録写真の大切さを感じたはずだ。「いつかは写真も絵画のような芸術性が認められる日が来る」そのような一抹僥倖を夢見ていてはいけない。


西国分寺の戸倉橋から中央線の線路の先に
スカイツリーが見えると聞き撮りにいった。
あいにくガスがかかり見えなかった。
仕方ないので線路と中央線を撮影



写真授業で使うカメラ。春休みなのでニコンさんに来てもらって清掃点検
ちなみにテストで借りたD800で撮影した画像です。すごくシャープ!