コラム

見出し 琴線に触れる現代アート
更新時間 2012/11/28 名前 よねやん
本文 ◇先月の岡本太郎記念館に続き、今月も美術館ネタで。六本木ヒルズにある森美術館で会田誠展「天才でごめんなさい」が始まったので早速観に行った。 森タワーの53階にあり、日本で一番高い場所の美術館ということになる。国立新美術館、サントリー美術館、森美術館が三角形に位置し、 六本木アート・トライアングルと呼ぶらしい。その中で森美術館は現代アートを中心とした展示が多く、写真を撮る者としては一番参考になる。

◇会田さんの作品はこれまでの社会通念にとらわれない意外性のあるテーマが多い。 新宿御苑の大改修計画を緻密な絵で表現する「新宿御苑大改造計画 」は、はっきり言って驚いた。ロジックに破綻が無く、 絵の前で30分くらい丹念に読み入ってしまった。一線の建築家でも思いつかないようなプランが幅5メートルくらいの絵に細かく記されている。 絵としてみても面白いが、小さく描かれる文字や挿絵に会田さんのメッセージを強く感じた。写真展でこれくらい密度が高い大作を見たことが無い。 何か写真でも同じような表現ができないものか非常に刺激を受けた。

◇また無数の裸の美少女がジューサーにかけられようとする「ジューサーミキサー」も琴線に触れる感じがした。 とてもシュールな作品なのだが、これを伝えようとするために長い時間を制作に費やしたのが強く伝わる。写真の場合も、 「この1枚のために毎日通って3年かかりました」なんてよくある話だが、実際にその努力が作品から伝わる場合は少ない。 せいぜい写真仲間が「なかなかこれ撮れないよね」と言ってくれるだけで、一般の人は「きれいな写真ネ」で終わってしまう。 「作者の想いが作品から誰にでも伝わる写真」それを考える基になった。

◇最後のコーナーにダンボールとガムテープで作られたオブジェがたくさん展示されている。 宇宙人が踊っているオブジェ(高さ2メートルくらい)があり、ビデオ解説で「これくらいの作品で1日8時間くらいやって 1ヶ月くらいで完成します」とサラッと言っていたが、その時に頭をガツンと殴られた気がした。本来芸術とはそういうもので、 長い年月をかけて熟成させて行くものなのだ。写真は運良く、場所とタイミングさえ合えば、250分の1秒とかで作品が作れてしまう。 そのために多くの苦労があるが、会田さんから見れば、本当に片手間くらいにしか見えないのでは無いだろうか。

◇写真を芸術として見せる動きが最近特に強い。ただそれを主張する写真家ですら、写真展で半切のパネルであったり、 写真集であったり、表現方法が行き詰ってはいないだろうか?写真は「展示サイズを自由に変えられる」「同じものを何枚でもプリントできる」 「一瞬で事実を収められる」などが優位性だと思うが、それゆえに表現に制約がある。

◇では制約を取り払い、例えば事実と反する過度の画像加工を許すとする。すると表現域は格段に広くなるが、 「真を写す」という写真の価値がなくなってしまう。一時期は画像加工が目新しく、そのような作品コンテストも多かったが、 誰でも画像加工できる時代になり、急速に下火になった経緯がある。「事実を伝える」という表現方法の中で芸術性を求めている現在の写真作品、 何か活路は無いものだろうか?会田誠さんの作品の中にヒントが潜んでいる気がする。どうすれば良いか分からないが、とりあえずあと2?3回、 会田さんの作品展に通ってみようと思う。それくらい心を揺り動かすものがある。


晴海フラワーフェスティバルで


きれいなウロコ雲(西新宿で)


六本木ヒルズのけやき坂で