コラム

見出し 銀塩への回帰は考えられない
更新時間 2013/11/20 名前 よねやん
本文 ◇今、腕時計では機械式のアナログ時計が人気だ。しかし、セイコーが世界に先駆けて、クォーツの腕時計を世に出した後、アナログ時計は、存在価値を失った時期があった。毎日秒針を合わせる作業が面倒で、実用面から見るとクォーツ時計に太刀打ちできないからだ。結果、スイスの時計メーカーは瀕死状態になり、多くがつぶれてしまった。

◇しかし、クォーツ時計が大半を占めるようになると、温かみの感じられる機械式が懐かしくなり、スイス製品が盛り返してきた。毎日の巻上げ作業や、定期的なメンテナンスなど依然として敷居は高いのだが、それがペットを飼うような感じで受けているのだと思う。合理主義の筆者から見ると、信じられないような感覚だ。

◇ロレックスなど店頭で見かけると50万円は安いほうで、普通で200万円くらい、手の込んだものになると1000万円以上もする。それが、アベノミクスの資産効果で結構売れているらしい。工業製品として見ると、日本製ではセイコー、シチズンなど自社ですべてを製作し、技術的にも世界トップクラスなのだが、デザインやブランドイメージでスイス製に後れをとっている。安く高性能という日本の技術力が、時計の世界ではイマイチ評価されていないのが悔しい。

◇カメラの世界でもデジカメが出現して銀塩カメラが淘汰されたが、回帰など起こりそうもない。先日も知人がペンタックス6×7、75mmレンズ付を委託販売で売却したら手元に12000円しか入らなかった。多分20万円以上で買ったものだが20分の1にしかならなかったのだ。いまさら写真愛好家が急に銀塩カメラを懐かしみ、デジカメから戻ってくるとは考えにくい。時計と異なる事情が2つあると思う。1つ目は現像できる店が殆ど無く、銀塩をプリントするのに極めて手間がかかるということだ。2つ目は解像度、感度などの面で銀塩が劣るということだ。写真は作品のできがすべてなので、わざわざ銀塩で悪い結果を選ぶ理由がない。対する時計は1日に1秒狂っても10秒狂っても不便を感じない人が多いようだ。

◇カメラの世界の世代交代は、日本の中でしかも、同じメーカーの中で起こった。それはカメラの部品の中で、レンズや前板(一眼レフのミラー部分)は、日本以外では作れないからだ。たとえ設計図と製作プロセスが分かったとしても、職人的なさじ加減がポイントになるので、他国ではなかなかマネできないらしい。パソコン、液晶テレビなど部品を他社から買って組み立てる工業製品とカメラは大きく異なるのだ。

◇話が戻ってしまうが、スイス製の機械式時計を製作販売する会社のほとんどは、心臓部であるムーブメントを自社では製作する技術がない。他社から買ってきた心臓部にデザインをほどこし、ブランドのロゴを入れると、スイス製最高級時計が出来上がりなのだ。地道に技術を継承している日本メーカーは太刀打ちできない。それと比べるとデジタルカメラは、デザインよりも性能が最優先なので、不条理は感じない。ただ、性能を求めるあまりに商品サイクルが短い。一生物の時計はよく聞くが、一生物のデジカメは聞いたことがない。


としまえん・練馬アニメカーニバルで。


台風一過で訪れた鎌倉の大仏。


入間基地の航空祭で。中盤、空域に航空機が入り、アクロバット飛行が中止に。天気もイマイチで最悪だった。