コラム

見出し 世界観
更新時間 2015/01/21 名前 よねやん
本文 ◇アニメ「進撃の巨人」の原画などが展示された「進撃の巨人展」が上野の森美術館で開催されている。連日の超満員で平日の空いている時でも1時間以上の行列ができる。来場者は10?30代くらいの若者が殆どで、60歳以上の人は皆無だ。筆者は並ぶのが大嫌いなのだが、これを見ないのは日本人としての誇りを捨てることになると思いガマンして並ぶことにした。

◇巨人から逃れるため巨大な壁を作り、その中で平和に暮らしていた人類。ある日、巨人に壁を突破され、絶滅の危機に瀕しながらも少しずつ糸口を見つけ立ち向かう壮大な物語だ。まだ単行本で15巻が出たばかりだが、通算3600万部を売り上げている。これまでいろんなアニメが描かれてきたが、こういう設定は初めてで新鮮だ。時代やキャラクタの設定がち密で、いわゆる「世界観」がすごいのだ。巨人が出てくるので人気アニメ「エヴァンゲリヲン」に似ているとか、昼行性の巨人たちに対してあえて昼間に戦いを挑む科学考証のおかしさなど、矛盾点は多いが、とにかく作者の中で描いている「世界観」は多くの若者の心をとらえ社会現象にもなっている。

◇この「世界観」を写真の世界でも表現できれば、1時間待ちの写真展などが実現するのだが、冷静に見て無理だといわざるを得ない。例えば、森山大道先生の撮る街角の何気ないスナップショットは一つの世界を感じ、共感してマネする若者は多いが、そこには世界はあっても世界観は無いと思う。どんな大写真家が撮っても結果は同じだろう。これが筆者の中では新鮮な発見だった。

◇なぜ写真で世界観が表現できないか?大きな理由は、時間軸と座標軸にあると思う。アニメの場合は空間を自由自在に移動して表現できる。自分の思いついた世界を妄想し、それに近づけて表現することができる。そのための作画やアイデアが大変であるが、事象を積み重ねると壮大なドラマが出来上がる。その中でキャラクタに芝居をさせれば次々と世界が広がってゆくのだ。

◇写真は一瞬を切り取るだけで、未来や過去には移動できない。座標軸の移動も大変で、空中や宇宙や水中など人間の行動範囲を超えるのも大変だ。よって現実に近い世界しか表現できないし、その中で被写体に芝居をさせることも難しい。以前から言っているが写真は報道性に優れているが、写真自体からドラマを作り出すのは難しいのだ。アニメなら8コマほどのカットを見るだけで泣けてくる作品は山ほどあるが、写真展で涙する場面はほとんど無い。

◇「進撃の巨人展」を見て写真展の参考になることが沢山あった。動画と原画を組み合わせて臨場感あふれる展示、ツイッターを意識して撮影OKとした会場など、逆に美術館のように整然と作品を並べる写真展に大きな疑問を感じた。一瞬で真実が切り取れる写真の社会的意義は大きいが、写真家が芸術として表現したいような世界は限界があり、撮り尽くされた感じが否めない。特にネットとデジカメの普及で撮るためのレシピと道具が誰にでも揃えられるようになり、写真家の活動範囲は、アマチュアカメラマンという巨人に侵食されていると言える。従来の枠に収まっていては駄目だ。全く白紙から写真を考え直す時期に来ている。とりあえず「進撃の巨人展」は1月25日まで、写真の勉強をしたければ是非行ってほしい。


「進撃の巨人展」で並ぶ若者たち


展示されている「超大型巨人」


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